第1章 医療情報システムの全体像
1.1 医療機器の特性
医療機器は、一般的なIT機器とは異なる特性を持っている。Smart Assistに関わるエンジニアは、この違いを正しく理解しておく必要がある。
一般IT機器との違い
| 観点 | 一般IT機器 | 医療機器 |
|---|---|---|
| 規制 | 特になし(一部業界規制あり) | 各国の医療機器規制による承認が必要(日本: 薬機法、米国: FDA 510(k)/PMA、EU: EU MDR/CEマーキング) |
| ソフトウェア更新 | 随時アップデート可能 | 承認範囲外の変更は原則不可 |
| ネットワーク接続 | 自由に構成変更可能 | 接続変更に慎重な手続きが必要 |
| 障害時の影響 | 業務遅延 | 患者の診断・治療に直接影響する可能性 |
| 耐用年数 | 3〜5年程度 | 7〜10年以上使用されることが多い |
FDA(米国食品医薬品局)
EU MDR / CEマーキング
医療機器に触れる際の心構え
医療機器は「患者の命に関わる機器」である。エンジニアが直接操作するのは通信経路やネットワーク設定であっても、その先には患者の検体データと医師の診断がある。
設定変更やトラブルシューティングの際には、以下を常に意識する。
- 変更前に必ず現状を記録する(設定値、IPアドレス、接続状態など)
- 病院側の承認なく設定を変更しない
- 検査業務が稼働中の時間帯を避ける(変更作業は原則として検査停止時間に行う)
1.2 AUTION EYEの役割
AUTION EYEは、アークレイ株式会社(ARKRAY, Inc.)が製造する全自動尿中有形成分分析装置である。Smart Assistのデータの出発点となる機器であり、この装置の役割を理解することがシステム全体の理解の第一歩となる。
AUTION EYE AI-4510
補足(国際的な文脈): アークレイ株式会社は日本のIVD(体外診断)メーカーである。尿沈渣分析の分野では、Sysmex、Siemens Healthineers、Beckman Coulter、Rocheなどのグローバルメーカーも同種の装置を提供している。本教材ではSmart AssistサービスのベースであるAUTION EYEを中心に解説するが、クラウド連携型分析サービスの技術的な考え方は他の装置にも応用できる。
Sysmex
Siemens Healthineers
Beckman Coulter
Roche
AUTION EYEが行うこと
- 尿検体の吸引 ― 患者の尿検体を自動で吸引する
- 画像撮影 ― 尿中の有形成分(赤血球、白血球、上皮細胞、円柱など)を顕微鏡的に撮影する
- 自動分類(一次判定) ― 撮影した画像をAIが自動分類する
- 結果出力 ― 分類結果をデータとして出力する
自動分類の限界
AUTION EYEの自動分類は高精度だが、すべての画像を確定判定できるわけではない。以下のようなケースでは「未確定」として判定が保留される。
- 成分が重なり合って識別困難な画像
- 出現頻度が低い稀少成分
- 自動分類の信頼度スコアが閾値を下回った場合
この「未確定」データこそが、Smart Assistが解決する対象である。
1.3 LIS(検査情報システム)
LISとは
LIS(Laboratory Information System)は、病院内の検査部門で使用される情報システムである。検査のオーダー受付から結果報告までを一元管理する。
LISの主な機能
| 機能 | 説明 |
|---|---|
| オーダー受信 | 電子カルテから検査オーダーを受け取る |
| 検体管理 | 検体のバーコード管理、検体の追跡 |
| 結果受信 | 各分析装置から検査結果を受信する |
| 結果検証 | 異常値チェック、前回値比較などの自動検証 |
| 結果報告 | 確定した結果を電子カルテへ送信する |
LISと電子カルテ・検査装置のネットワーク構成
実際の病院では、LISは電子カルテ(HIS)と院内LANで接続され、検査室内の多数の分析装置ともLANで結ばれている。以下の図は、LISを中心とした典型的なネットワーク構成を示す。
上図のポイント:
- 電子カルテ(HIS)が中央上部に位置し、LIS・PACS・生理検査システムが並列に接続される
- LISの主要機能(検査オーダ管理・検体ID管理・結果集約・HIS連携)が中段に明示されている
- 検体検査装置が院内LANを介してLISに接続される
- Smart Assistは院外クラウド(インターネット領域)に配置され、ファイアウォールで院内LAN領域と分離されている
- AUTION EYEがLISへ結果を送信する(Smart Assistの結果もAUTION EYE経由であり、LISに直接返されるのではない)
Smart Assistとの関係
上図に示した通り、Smart AssistはLISと直接通信しない。データの流れは常に「Smart Assist → AUTION EYE → LIS → 電子カルテ」であり、LISサーバは院内ネットワークの検査系セグメントに配置されている。
1.4 電子カルテ
電子カルテとは
電子カルテ(EMR: Electronic Medical Record / EHR: Electronic Health Record)は、患者の診療情報を電子的に管理するシステムである。医師が診断・治療を行う際の中核的な情報基盤となる。
用語の補足: 日本では「電子カルテ」が一般的な呼称である。米国ではEHR(Electronic Health Record)が標準的な用語として使われ、Epic、Oracle Health(旧Cerner)、MEDITECHなどが主要ベンダーである。欧州ではEPR(Electronic Patient Record)と呼ばれることもあり、国ごとにシステムや用語が異なる。
Epic Systems
Oracle Health(旧Cerner)
検査業務における電子カルテの役割
検査における電子カルテの役割は、1.3の構成図に示した通り、LISとの間でオーダーと結果を双方向にやりとりすることである。
- 検査オーダーの発行 ― 医師が電子カルテ上で検査をオーダーし、LISへ送信される
- 結果の参照 ― 検査結果がLIS経由で電子カルテに返され、医師が結果を確認する
- 診断の記録 ― 検査結果に基づく診断を電子カルテに記録する
Smart Assistエンジニアが知っておくべきこと
Smart Assistのエンジニアが電子カルテを直接操作することはない。しかし、以下の点は理解しておく必要がある。
- 電子カルテは最も機密性の高いシステムであり、院内ネットワークの最も保護されたセグメントに配置される
- Smart Assistの通信経路は、電子カルテのセグメントとは直接接続しない設計になっている
- 検査結果は必ずLISを経由して電子カルテに到達する
1.5 検査データの通常フロー
Smart Assistが存在しない、通常の検査データフローを理解しておく。これが基本形であり、Smart Assistはこの基本形に「追加」される形で介在する。
通常フロー(Smart Assistなし)
ステップの詳細:
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| 1. オーダー発行 | 医師が電子カルテで尿検査をオーダー |
| 2. LIS受信 | LISが検査オーダーを受け取り、検体IDを発番 |
| 3. 検体セット | 検査技師が検体をAUTION EYEにセット |
| 4. 撮影・分析 | AUTION EYEが自動で撮影・分類を実行 |
| 5. 結果送信 | 分類結果がLISへ送信される |
| 6. 技師確認 | 検査技師がLIS上で結果を確認・承認 |
| 7. 結果報告 | LISから電子カルテへ結果が送信される |
| 8. 医師確認 | 医師が電子カルテで検査結果を確認する |
このフローでは、すべてが院内ネットワーク内で完結している。外部との通信は一切発生しない。
1.6 Smart Assistが介在する正確な位置
Smart Assistは、上記の通常フローにおけるステップ4と5の間に介在する。具体的には、AUTION EYEが「未確定」と判定した画像データに対してのみ動作する。
Smart Assistありのフロー
介在する正確な位置の整理
| 要素 | Smart Assistとの関係 |
|---|---|
| 電子カルテ | 直接の関係なし(LIS経由で間接的に結果を受け取る) |
| LIS | 全結果の最終的な受け取り先(AUTION EYEから送信される) |
| AUTION EYE | 撮影・自動分類を行い、Smart Assistクライアントも搭載。確定分はそのままLISへ送信。未確定分をクラウドへ送信し、返却された確定結果もLISへ送信する。顕微鏡検査フラグ受信時は検査室での顕微鏡検査に引き継ぐ |
| AWSクラウド | 未確定画像を受信し、遠隔技師の判定結果をAUTION EYEへ返却する。判定不能の場合は顕微鏡検査フラグを返す |
| 顕微鏡検査 | Smart Assistでも判定できなかった場合に検査室で実施され、結果はLISに直接登録される |
エンジニアが理解すべき重要なポイント
- Smart Assistは未確定データに対する補助的な介在である ― 検査フロー全体を置き換えるものではない
- 外部通信が発生するのは未確定データのみ ― 確定データは従来通り院内で完結する(1.3の構成図を参照)
- 通信の起点は常に院内側 ― クラウドから院内への接続は発生しない(Outbound Only)
次章では、Smart Assistの業務フローをさらに詳細に分解し、自動分析から結果返却までの各ステップを技術的に理解する。